滋賀医科大学 脳神経外科学講座

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各疾患説明 脳腫瘍

脳腫瘍について

脳腫瘍にはWHO分類で100種類以上に分類される、非常に多様な腫瘍が含まれています。悪性度もさまざまで、腫瘍の種類、性質や場所により治療方針や治療後の経過が大きく異なります。治療として、手術、放射線療法(通常の放射線治療や定位放射線治療)、化学療法などがありますが、的確な診断をもとに患者さんの状態を考慮に入れながら治療計画を組み立てていくには積み上げられてきた知識と経験を最大限に活用することが必要です。また悪性の脳腫瘍は治癒を得ることが困難なことも多く、新しい治療を開発していくことも要求されています。脳腫瘍治療において大切なことは、腫瘍増殖をコントロールするとともに、患者さんにとって最大限の脳機能の維持、生活の質の維持を図ることです。
当科では術中MRIやナビゲーションシステムを用いた画像コントロール下での腫瘍摘出や5アミノレブリン酸を用いた光線力学的術中診断を用いた腫瘍摘出、手術中に神経モニタリングをおこなったり、術中に患者さんに覚醒して頂き、実際に神経機能検査を行いながら腫瘍の摘出を行う覚醒下手術の手技、そして術中光線力学治療を併用して脳機能温存を重視しながら手術を行っています。

脳腫瘍とは

「脳」の中にできる出来物だけを言うのではありません。

「頭蓋内」、つまり頭蓋骨の内部にできる出来物はすべて脳腫瘍と呼びます。

脳腫瘍の分類

脳腫瘍の分類には以下のような分類方法があります。

①発生母地を基にした分類

・原発性(げんぱつせい)

頭蓋内の構造物から発生。人口1万人につき年間1-2例発生 。

・転移性(てんいせい)

体の他の臓器から飛んでくるもの。原発部位がわからないこともあり、発生頻度ははっきりしない。脳腫瘍全国統計(2005-2008)では全脳腫瘍の約16%と報告されているが、アメリカの報告では約40%を占めるとする報告もある。

②腫瘍の存在部位が脳の中か外かで分けた分類

・脳実質内腫瘍

脳の中に発生する腫瘍。

・脳実質外腫瘍

脳を包む膜や脳神経、下垂体などから発生し脳を圧迫するように発育する腫瘍。

③良性か悪性かで分けた分類

・良性脳腫瘍

正常構造物とは明確な境界がある。他部位への転移がない。増殖能力が低い。

・悪性脳腫瘍

正常構造物に染み入るように、破壊するように成長。他部位へ転移がある。増殖能力が高い。

脳腫瘍の種類別頻度

2005年から2008年の4年間に日本において発生した脳腫瘍の種類別頻度を示します。グリオーマ、髄膜腫が原発性脳腫瘍の約1/4ずつを占め、下垂体腺腫、神経鞘腫が続きます。この20年ほどで、中枢神経原発の悪性リンパ腫の頻度が上昇してきてることが特徴としてあげられます。

脳腫瘍の症状

・頭痛・吐き気

大きな腫瘍や、水頭症という脳の中に水がたまってしまう状態が二次的に生じた結果、頭の中の圧力が上昇し(頭蓋内圧亢進)、発生する症状です。

・麻痺

運動野や運動線維近くに腫瘍が発生、もしくは腫瘍による脳の腫れ(浮腫)が運動野や運動線維に影響を及ぼすと運動機能の低下(麻痺)が生じます。

・感覚障害

視床や感覚野、感覚線維近くに腫瘍が発生、もしくは腫瘍による脳の腫れ(浮腫)が視床や感覚野、感覚線維に影響を及ぼすとしびれや感覚の低下が生じます。

・言語障害

優位半球にある言語野の近くに腫瘍が生じる、もしくは腫瘍による腫れ(浮腫)が同部位に影響を及ぼすと、頭の中では分かっているのに言葉にできなかったり、言われている言葉が理解できなくなるなどの症状が生じます。

・失調症状

小脳や脳幹に腫瘍が生じる、もしくは腫瘍による腫れ(浮腫)が同部位に影響を及ぼすと、筋肉の曲げ伸ばしの細かな調節が難しくなり、手足の動きがぎくしゃくしたり、体のバランスがとりにくくなります。

・視力・視野障害

視神経や後頭葉、これらを結ぶ神経線維近くに腫瘍が生じる、もしくは腫瘍による腫れ(浮腫)が同部位に影響を及ぼすと、視力低下や、見えている範囲が欠けてきたり(視野欠損)します。

・聴力障害・めまい

音を聞いたり体の平衡感覚を完治する聴神経に腫瘍が発生すると、音が聞こえにくくなり、ふらつきが生じます。また、小脳や脳幹に腫瘍が生じてもふらつきを生じることがあります。

・てんかん

大人になってから生じたてんかんの場合に注意が必要です。

・ホルモン症状

ホルモンの中枢である視床下部や下垂体に腫瘍が発生すると、ホルモンの出が悪くなり,体の調子がすぐれなくなります。また、ホルモンを生じる腫瘍の場合には、必要以上のホルモンによって、出産と関係のない乳汁の分泌や、大人になってからの手足や顔貌の変化、糖尿病や高血圧、肥満などの症状が生じることもあります。また、おしっこが異常に多く出る症状(尿崩症:にょうほうしょう)が生じることもあります。

脳腫瘍の検査

核医学検査

弱い放射線を出すお薬を投与し、腫瘍の活性を観察する。

MRI

腫瘍の場所や、腫れの程度、周囲の正常脳との関係等を観察する。

CT

腫瘍の場所や、腫れの程度、周囲の正常脳との関係等を観察する。

脳血管撮影

腫瘍を養う血管の観察や、手術の時に関係しそうな大事な血管の位置を確認する。

代表的な脳腫瘍

髄膜腫

頭蓋骨の中にでき脳を外側から圧迫する良性の腫瘍です。再発しやすいタイプが10-20%ぐらい含まれています。脳ドックなどで無症状の小さなうちに診断されることもしばしばありますが、このような場合にはすぐに手術をする必要はほとんどの場合ありません。しかしながら、とてもゆっくりと発育する場合、無症状でも非常に大きくなって見つかる場合が有り、この場合、将来の症状出現を予防するため、積極的に摘出を行うことがあります。また、無症状で見つかっても、大きさが3cmを超えるものや石灰化(カルシウムの沈着)を伴わないもの、患者さんの年齢が60歳未満であるもの、周囲の脳に腫れ(浮腫)を伴うもの、MRI検査のうちT2強調画像という撮り方で白く見えるものは拡大する危険性があるとされ、手術を考慮する必要があります。さらに、頭蓋底と言って脳の底面に当たる部分や、脳幹の前面に生じた場合には、大事な脳神経や血管を巻き込んでいることも有り、神経機能温存の観点から良性といえどもすべての腫瘍を摘出することは困難となります。このような場合、術後に放射線治療、なかでも定位放射線治療を併用することがあります。

神経膠腫(グリオーマ)

脳の実質の中からできる腫瘍で、さまざまな悪性度のものが含まれています。この悪性度を、グレードという言葉で表現します。
グレード1は、増殖能も低く、神経症状を出さない範囲で最大限摘出することにより、その後は画像(MRIやCT)検査で経過観察を行うことが基本となります。発生部位、腫瘍の種類によっては手術により治癒できる可能性もあります。
グレード2は、やはり神経症状を出さない範囲で最大限摘出するとともに、発生部位、症状の有無、摘出の程度等により、しばらく画像経過観察を行うか、早期に放射線化学治療を追加するのかを選択します。グレード2の神経膠腫の中には、経過中に悪性転化を生じ、後に述べるグレード3や、最も悪性度が高いグレード4に変化するものがあります。この場合、手術摘出可能であれば追加摘出を行い、放射線治療を受けていなければ、放射線療法と化学療法を併用し、以前にすでに放射線療法をうけていれば、化学療法による治療を開始します。
グレード3およびグレード4の神経膠腫の場合には、神経機能温存を第一に考えた上で最大限摘出を行い、術後早期に放射線治療に抗癌剤を併用して治療を開始します。この後、維持化学療法を継続していきます。抗癌剤でよく使われるのはテモゾロミドという薬剤です。内服可能な薬のため、外来通院での維持化学療法が可能です。この薬剤の効果は腫瘍が特殊な酵素を持っているかどうかで事前に推定することができます。また、最近では術中に摘出腔に留置するタイプの抗がん剤(BCNUウエハー)や、腫瘍から産生される血管新生因子(VEGF)を標的にした、分子標的薬(ベバシズマブ)の使用も可能となっています。また、電場治療といって、頭部に微弱な電気の流れるパッドをはり、腫瘍細胞の増殖を抑える治療も選択できます。また、最近では、使用してきた化学療法剤の効果が薄れてきた場合に、摘出した腫瘍組織の遺伝子を検査し、腫瘍の遺伝子変異に対する分子標的薬を用いる治療(がんゲノム医療)という新たな治療選択も拡がりつつあります。

術前造影剤にて白く染め出されていた腫瘍塊は摘出されています。

中枢神経原発悪性リンパ腫

以前はそれほど多くなかった腫瘍ですが、近年増加傾向にあります。手術はおもに診断をつける目的で、生検術という形で行われます。放射線・抗癌剤が有効な腫瘍で、大量メソトレキセート療法という治療法が標準的に使われています。下のMRI像は手術後の薬剤使用前画像と放射線と抗癌剤の使用後の画像です。このような治療は効果が高いのですが、再発もおこりやすく、また、メソトレキセートと放射線治療の併用により白質脳症という中枢神経障害を生じ、認知機能の低下等の副作用を生じるリスクがあるため、最近では多剤併用の大量メソトレキセート療法を行い、放射線照射線量の低減を行う試みも、血液内科と協力し、行っています。再発リスクの高い腫瘍のため、退院後も通院を続けることが大切です。

小児脳腫瘍

子供にできる脳腫瘍は成人にできるものと大きく違っています。髄芽腫(メドロブラストーマ)や胚細胞性腫瘍(ジャーミノ−マ等)など抗癌剤での特殊な治療を要する腫瘍も多く、当科では小児科と連携して治療を進めています。

下垂体神経内分泌腫瘍(下垂体線腫)

これまでは下垂体腺腫(pituitary adenoma)と呼ばれていた腫瘍ですが、今後下垂体神経内分泌腫瘍(pituitary neuroendocrine tumor)という名称に変更されていく腫瘍です。下垂体前葉から発生する良性腫瘍で、原発性脳腫瘍の17-18%、人口10万人に対して年間の発症率がおよそ2人(男2人、女2.5人)。プロラクチン(PRL)、成長ホルモン(GH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などを過剰に産生してホルモンの異常をきたす機能性腫瘍(functioning)と、ホルモンは産生せずに大きくなり、視力や視野障害をきたして見つかる非機能性腫瘍(non-functioning)に分類されます。全国脳腫瘍統計(2005-2008では非機能性腫瘍が53%と最も多く、ついで成長ホルモン産生腺腫、プロラクチン産生腺腫の順にみられます。

下垂体神経内分泌腫瘍(下垂体線腫)が見つかった場合でも、腫瘍のタイプ、患者さんの年齢、腫瘍の大きさなどを考慮して治療方針を決める必要があり、たとえばプロラクチン産生腺腫のように最初の治療は薬物を用いての治療であるものもあり、必ずしも手術を受けなくてもよい場合があります。手術が必要な場合、腫瘍が小さければ鼻の穴から内視鏡を用いた内視鏡下経鼻経蝶形骨洞手術が基本ですが、腫瘍が大きい場合には開頭手術が必要になることもあります。どちらの場合も入院期間は2週間前後です。当科は滋賀県においては最も下垂体腺腫の手術症例が多く、これまでに蓄積された経験も豊富です。また、下垂体腺腫の場合は、眼科、内分泌代謝科、麻酔科など脳神経外科以外の専門診療科の協力が必要ですので、スタッフが充実している本院に是非ご相談下さい。

術前のMRI
腫瘍が造影され、白く映っています。

手術後のMRI
腫瘍は全摘出され、造影されなくなっています。

脳腫瘍の手術

覚醒下開頭手術

脳腫瘍、てんかんなど、脳の一部を切除する必要がある手術において、その近傍に言語や運動といった重要な領域が存在する場合、これまでの全身麻酔下の開頭摘出手術においては、術中その機能評価が出来ず、術後の機能障害のリスクを強く懸念する必要がありました。脳神経外科における手術においては、病変の最大限の摘出を目標とするとともに、手術における機能障害(合併症)を最小限に押さえ込むことが大変重要なものとなります。

そこで、当科では、このような場所における摘出手術において、開頭術後、摘出中の機能評価を行うため、一度全身麻酔から覚めていただき、言語や運動の検査をしながら、機能障害が出現する直前まで、病変部の摘出を安全に最大限行う、覚醒下手術を実施しております。脳腫瘍を中心に覚醒下手術を行っており、近傍に重要な領域を認める病変に対する全身麻酔のみでの手術と比較し、病変摘出率は飛躍的に改善しており機能障害の発生率も最小限に抑えられております。

覚醒下手術の流れ

手術室入室

全身麻酔下、かつ頭皮の局所麻酔下に頭皮切開、頭蓋骨の開頭

近傍の言語・運動といった重要領域及びこれらと関連する神経線維の存在部位近傍に接近

全身麻酔より覚醒し、電気生理的検査・言語検査、運動機能検査を行いながら症状の出現しない範囲で最大限に腫瘍を摘出

神経機能の悪化徴候の出現を見て手術停止

鎮静を行い、疼痛管理下に閉頭、皮膚縫合

病棟帰室

術前MRI:左前頭葉に淡く白く腫瘍が確認できます。

術後MRI:術中摘出中に言語および運動麻痺の出た、深部の腫瘍の一部を除いて摘出されています。

内視鏡下手術

昨今、いかに安全に、いかに身体負担を小さく抑えるかということを目標として、内視鏡手術が各分野において大きく進歩を見せているところですが、脳神経外科の領域においても神経内視鏡を用いた、身体侵襲を軽減させた手術が発達してまいりました。特に、下垂体手術、脳室内病変に対する手術、水頭症手術、そして顕微鏡下手術における手術支援などを中心に、神経内視鏡の手術適応範囲は拡大を続けております。当科におきましても、患者さんに対する身体侵襲の軽減、安全確実な手術を目的として、使用範囲を拡大しております。特に、下垂体腫瘍摘出においては全例、脳室内腫瘍性病変の生検においては、適応条件を考慮し、閉塞性水頭症については、第3脳室底開窓を内視鏡下に、脳実質内腫瘍に対しても生検術、摘出術に対しても、症例を選択し、内視鏡を用いた手術を積極的に導入しております。顕微鏡下手術においても、顕微鏡視野では確認できない部位の確認のため、内視鏡支援を併用しております。

内視鏡下経鼻経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術

これまで、初期は上顎の歯茎の上を切開し、鼻腔粘膜下に入った後、その後鼻の穴から粘膜下に入った後、蝶形骨洞という下垂体の直下の副鼻腔から、トルコ鞍(下垂体の存在する骨構造)部の腫瘍に顕微鏡下にアプローチしていましたが、深部であるがために視野が限られ、光も届きにくく、摘出に苦慮する病変がありました。平面的な画像、画像周囲の歪みなど、改善点はありますが、内視鏡を用いることにより、視野、明るさを確保し、詳細な構造確認をしつつ安全に最大限の摘出が可能となりました。

①下垂体神経内分泌腫瘍(下垂体腺腫)

術前認められた視野障害は術後速やかに改善し、残存腫瘍を認めません。術後の下垂体ホルモン異常も認めておりません。

②頭蓋咽頭腫

術前視野狭窄は術後消失し、術後下垂体ホルモン異常を来すことなく、1年の経過で再発は認めません。

内視鏡下脳室内腫瘍生検

これまで開頭手術下に、脳室という脳の中の部屋を開放し、もしくは左右の脳の隙間を空けて近傍に迫り、施行していた生検術を、頭蓋骨に小指径ほどの穴を開け、ここから内視鏡を入れて病変の一部を採取するという、非常に低侵襲な方法で行うことが可能となっています。

松果体部の腫瘍(中央)を生検鉗子(右)にて採取

内視鏡下第三脳室底開窓術

閉塞性水頭症に対しては、以前はシャント手術という、シリコン性のチューブを脳室内から腹腔内、もしくは心房内に誘導し、溜まった水を排出する手術が標準でしたが、内視鏡の発達により、頭蓋骨に小孔を設け、ここから脳室内に内視鏡を誘導し、脳室の底に孔を形成して新たな脳脊髄液の流路を確保することにより、閉塞性水頭症の改善が可能となりました。

水頭症により薄くなった第三脳室底をバルーンを用いて開窓

術前MRI(閉塞性水頭症) 術後MRI(水頭症改善)

詳細は脳神経外科学会が提供している以下のURLを参照してください。
http://square.umin.ac.jp/neuroinf/